北野おくんち

「筑後の土蔵」は今日が最終日。丁度今日は北野おくんちが行われていますのでご紹介します。

天満宮での奉納の様子北野おくんちは毎年10月の第三日曜日に行われる五穀豊穣を祝うお祭りで、大変長い歴史があります。舞台となる北野天満宮は1054年に建立され、菅原道真がこの地を通りかかったとき河童から襲われ、その際切り落としたとされる河童の手が宮宝として残っています。

おくんちのダイジェスト版…

奉納の舞赤鬼kannusi1.JPG

朝一番から天満宮に舞いが奉納されます。これは赤髪を振り乱して太鼓を乱打する河童が退治される様子。太鼓に体当たりするなど迫力ある舞に子どもの目はクギ付けです。

約20人かかり

舞いが奉納された後、拝殿から神輿がおろされ神輿行列の始まりです。

稚児行列笛を吹く大人

風流(ふりゅう)行列は女性禁制で、稚児行列は女装した少年たちが振袖で頑張ります。日ごろの少年たちにご近所さんから「かわい~い」と黄色い声援が飛びます。笛を担当するのは地元の青年たち。「やーはい、やーはい」と掛け声をかけながら行列が始まります。

馬の模型

今でこそ木馬になりましたが、以前は天満宮所有の本物の馬が3頭、風流に参加しておりそれはそれは迫力のあるものでした。 この日の為に馬はキレイに毛並みを整えれられ立派な馬に参道から歓声が上がっていた程。

馬の上に乗れるのは天満宮に血縁のある宮家のみ。この少年もおそらく高松宮司のご親戚の方でしょう。

げさげさgesa2.JPG鳩山邦夫法務大臣

風流(ふりゅう)行列の主役は、部落毎に独特の流儀をもつ「げさげさ」の人たち。箱や槍などの独特の道具で一日中大声を出しながら子どもたちに襲い掛かります。大声で泣いた子どもほど健康になるという言い伝えがあります。(地元選出の鳩山邦夫大臣も毎年ご来場)

太鼓の飾り

実は当社と北野おくんちは昔から大変深く関っており、当社はお祭り全体を盛り上げて行かなければならないとされています。

例えばこの太鼓飾りは代々当社で保管させていただいている大切なもの。おくんち受難の時代に天満宮さんを少しお手伝いさせて頂いていた頃の名残かもしれません。

杜の蔵の森永君の子どもです

北野町のかくれた名物が、カマス寿司。
カマスのお腹にコメを詰め込んだ様子が米俵ににていることから目出度いとされ、各家庭で作ったカマス寿司を誰にでも振舞う習慣があります(最近は少なくなりましたが)。

丁度、佐賀県唐津市の唐津くんちを小さくした感じですが、昭和の終わり頃までは各家庭で自慢のカマス寿司を出しており、知らない家にあがり込んで酒と肴をよばれる様子はお祭り一色でした。

行列の最後は後見人さんたち

北野天満宮は上社と下社が向かい合って建っており、一行は午前中に下社に行き、午後に上社に戻ってきます。

utikomi.JPGutikomi2.JPG

夕方から、各部落のげさげさの人がちが「打ち込み」といって商売繁盛を祈念し、各商店に「げさげさ」と入ってきて舞いや歌を披露してくれます。

yuugure.JPG

このお祭りは日没までつづき、長かった一日は終わりを告げるのでした。