ラベル

ラベルはとても大切なことだと考えています。ラベルだけで多くのこと説明することは至難の業。しかし、飲む前に味を想像してもらうため、味を覚えてもらうため、当社ではこころを込めて一枚一枚ラベルを貼っています。ラベルとは人間でいえば、衣服みたいなもの。礼儀も大切です。色、大きさ、トータルコーディネート、そして内容。最近、一部の商品限定で裏ラベルに、「銘酒の素は」という縦長の裏ラベルを使用しておりますが、ごらんになられましたか?あの文章は10代女将の山口怜子の実父・矢幡治美が10代蔵元にあてた手紙の引用です。矢幡治美は一村一品運動の提唱者で「農業の神様」とも言われた人。「うめくり植えてハワイへいこう」などが有名ですが、もともと戦前までは造り酒屋をしており戦後の免許統制で廃業させられ農業に転身。S50年代終わりころ不況の日本酒業界を心配し、10代蔵元にアドバイスした手紙です。「我が蔵には良い菌がおる 良い水を使う 旨い米を集める とは古い言葉であろうか」が全文。なんとも深い言葉です。omoya.JPG

全国新酒鑑評会について

kome.JPG 全国新酒鑑評会とは年に一度その年に造った酒の「全国大会」の位置づけであり、地方大会で金賞を受賞した蔵も全国審査で金賞をとると格別な喜びがあります。杜氏は今年は金賞がとれたとかとれなくて面目立たないとか一喜一憂します。

しかしこの全国新酒鑑評会については、功罪があると考えます。「功」については、出品をすることで明らかに蔵の技術レベルがあがる事。杜氏や蔵元は真剣に醗酵学を勉強し、酒造りに関しての知識を貪欲に吸収します。また「金賞」ととるために、蔵同士の交流も盛んになりますし、商売にも多少なりともプラスになる部分があります。

しかし、「罪」についても特質すべきことがいくつかあります。一点目は、結果として「燗」でのむ日本酒がわすれられてしまったということです。出品酒が冷やでのまれる大吟醸であるため、あたかも最高の酒が冷やで飲む大吟醸ということになってしまったこと(初めから想定はしてなかった筈ですが)。冷酒を西洋のガラスで飲む文化が最高と位置づけれれ、陶器や磁器でのむあたたかみのある日本酒は置いていかれてしまいました。そろそろ鑑評会も市販酒で行う時期がきているのかもしれません。

 二点目は、「鑑評会」が「品評会」になっていることです。、この鑑評会の本来の目的は、技術者がまだ完成していないお酒を春の時期に「鑑みて」火入れの時期や秋までの貯蔵の方法などを検討した真剣な場所であったらしい。当初は審査は生酒で行われていたが、なんらかの理由で審査、一般公開の時期が5月までずれこみやむなく火入れで審査をすることになったのだとか。現在は、将来を見据えた鑑評会ではなく、今の状態を品評する「品評会」になってしまっており、すでに飲みやすく完成された酒が「金賞」になるという本来の趣旨からはなれた会になってしまってます。搾った瞬間が一番うまいという酒造りも、それはそれで難しさがあると思いますが、やはり、ワインでいうとボジョレーヌーボーに味のピークをもってくる造り方よりも、「熟成」という考え方をして、例えばひと夏おいてうまさ・やわらかさを引き出した日本酒造りの技術研鑽の場とするという事を一方では考えていくべきだと考えます。そのためには、権威ある鑑評会が、「品評会」になってしまっていることを少し残念に思います。
 
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三点目は香り。華やかな吟醸香は大吟醸の醍醐味ではありますが、明らかに度を過ぎたとても飲み込めない大吟醸が「金賞」を受賞しているケースもあり、この事に関してもすこし疑問に感じます。日本酒の最大の特徴(強み)は食中酒として優れている事だと思います。日本酒には1200もの味・香りの成分があり、類希なる醸造酒です。食中酒にならない酒だけを権威ある機関が一大イベントにしてしまい、メーカーがそれに必死になっている姿、改める時期も近いのかもしれません。

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海外で飲まれる日本酒について

現在、アメリカ、台湾が主要消費国です。台湾はもともと日本と親しい国柄ですし日本人も多いのでよくわかるのですが、アメリカでは多くの現地アメリカ人が飲んでいます。うれしい事です。今後はヨーロッパやインド、ロシア、中国、ブラジルなどで日本食レストランの増加に伴い増えていきそうです。DSCF0085.JPG

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nipponについて

日本はnipponにあり。悲しいかな、日本人が本来もっていた精神は今はnippon(海外)にあるのでしょうか。利他の精神、思いやりの心、恥の概念、向上心、武士道精神、商道徳、独特の美的センス、などなど。世界中の国々がお手本にしている国民性はむしろ外国人のほうがよく学んでいるのかもしれません。

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「1945年に日本が戦争に負けてすべてはそこからおかしくなった。まだ戦争は終わっていない」とはある大企業の会長の言葉。我々は日本酒造りを通して、日本人が本来もっているnipponのこころを日本に復活させたい、高めたい、広げたいと願っております。これは、自分の故郷、日本が大好きな山口酒造場の変らぬ願いでもあります。  .

水について

chikugogawa.jpg我々の蔵には素晴らしい水があります。江戸時代に「山口が掘り当てた」と有馬藩で評判になったその井戸は今も現役で、清らかで無味無臭、酒造りに適した大量の水がふきでてきます。しかし、われわれが今一番心配していること、それは水の汚染です。現在は深井戸からくみ上げた水を100%仕込みの水として使いますが、現在当たり前に行っていることもいつか終わりが来る日がくるかもしれません。水質の汚濁は確実に日本中で起きています。あるとき突然、酒造りには適さない水が出始めるかもしれないのです。
あたり前に井戸水で仕込む日本酒、この日々の光景に感謝しつつ、毎日の仕込みを行っています。日本全土に美しい地下水が復活する日はくるのでしょうか。何かできる事から始めたいと考えています。

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米について

yamadanisiki2.jpg山田錦という酒米があります。当社では、自分の手で田を耕し土を作り山田錦を作ります。肥料をいれず、農薬は必要最低限に、自然の無限の可能性を信じて。

山郷でできる山田錦は、反収こそ少ないものの痩せた土に深く根をはり、昼は日光を一身にあび、夜は涼しげに体調を整え、山あいから流れ出る冷たい水が心地よさそう。健康な稲は台風がきても倒れない。秋には穂が黄金色に輝き、大粒の実りを与えれくれます。

yamadanisiki1.jpg山田錦にしか出せない味があります、山田錦にしか出来ない後味があります。精米して砕けず、外硬内軟な粒は内側からとけていき酒に品格をもたせます。品格、味、作業性、価格、何をとっても最高の品種。それが山田錦。いまだにこれを超える酒米はないと考えます。しかし、近年、山田錦の需要は減少気味です。価格が高いからでしょうか、とても残念なことです。「死ぬまでに一度でいいから山田錦で大吟醸を造ってみたかった。。。」とはある有名な杜氏の引退の言葉。時代は変り、だれでも山田錦を手に入れることができる世の中になりつつあります。山口酒造場では可能な限り山田錦を使い続けたいと考えています。  domain server .

蔵の想い

 

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我々は日本酒をつくるとき、いつも日本を感じ、あこがれ、感動させられます

なぜ世界が「Japan」に注目するのでしょう
なぜ日本酒が世界に認められるのでしょう
我々が伝え広げていくもの・・・
nipponのこころ
私たちは造り続けていきます

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日本酒という飲み物について

日本酒は米と米麹から造られます。

米麹の原料は米だけなので結局は日本酒CIMG1413.JPGの原料は米100%なのです。米という世界中どこにでもある穀物のなかで、お米の醸造酒を造る事ができたのは、日本人をはじめとするほんの僅かな人種だけでした。もっとも気候条件がそろっていたのは確かです。しかし、日本人はそれを究極のところまでもっていってしまう、決して妥協せずにひたすら素晴らしい飲み物を目指し続ける・・・それが日本人が日本人たる所以であると感じます。麹カビの発見、醸造理論、これらが今から400年ほど前、江戸元禄年間にはほぼ現代の醸造技術と変らない理論が確立されていたということ。私たちはいつも、日本の先人たちの熱い息遣いを感じ、あこがれ、感動させられながら日本酒と接しています。

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2007年3月

蔵元日記20073

 3月になりまして当蔵では甑倒し(こしきたおし。蒸米が終わること)が終り、ほっと一息。オリ引きや濾過、火入れをすれば皆造(かいぞう。今期の製造を終えること)は間近です。めっきり春めく九州ですが、蔵の中ではまだまだ慌しい毎日です。みんなラストスパートで頑張っております。さて今月のスタッフ紹介は、皆様お馴染みの??古賀剛をご紹介いたします。

                                                                                                合名会社 山口酒造場

                                                                                                蔵元 山口哲生

<蔵元からの紹介>

 古賀剛は、入社して16年目37歳、わたくしの高校時代の同級生になります。高校時代は、軟式野球で甲子園に出場し、卒業は4年かかりましたが、持ち前のガッツでなんとか卒業し、そのまま東京の会社に就職しました。私も東京にいたのでよく一緒に私の部屋で実家から送られてくる大吟醸などをのんでいまた。そしてある時、飲んだ勢い?でそのまま当社で働きたいと言ってしまい、本当に半年後には私がまだ実家にもどっていないのにもかかわらず当社に入社した次第でした。以来8年間、営業一筋にやってきましたので、蔵元日記を読んでいただいている方の中には古賀をご存じの方もいらっしゃると思います。

 古賀は、「庭のうぐいすの酒が好きだからここで働く」ときっぱり言います。なんとも頼もしい番頭ですが、実は現在営業を離れ、現場修行中です。「もっと日本酒の勉強がしたい」との一念で出荷管理(貯蔵した酒を瓶詰して出荷する部署)を6年、営業時代から冬場は造りの手伝いをしておりましたので年数だけでいえばすでに10年以上経験があり、中堅ところになります。

 昨年までは、搾ったあとの処理(オリ引き、火入れ、出荷)を責任者としてやっておりましたが、今年は造り専任で入蔵し実質的には副杜氏として責務をきっちり全うしてくれております。
 

●古賀 剛kogasmile.JPG

 古賀と申します。永いこと営業として皆様にお世話になってきましたが、数年前より出荷管理を中心に製成後の清酒の勉強をさせてもらい、今年はいよいよ製造専門としてフルに蔵に入り、一から酒造りを再度勉強させていただきました。皆様にいろいろ教えていただいたことを酒つくりにいかせるように頑張ってきましたので、どうぞ庭のうぐいすの新酒を是非ご賞味ください。基本的には生酒の出荷はありませんが、おちついた味が庭のうぐいすの特徴です。そろそろ火入れ後の味もおちついてきましたので皆様楽しみにしてください。 domain analysis . . Dystgalecatu .

2007年2月

 2月になりまして酒造りも後半戦にはいってきました。今年は心配されたほど九州の米は悪くはなく、むしろ造りやすい感じがしています。蔵の中はなんともいえない爽やかなフルーツの香りが充満し、この時期特有の酒蔵らしい馥郁たる香りにつつまれスタッフ一同最後まで気を抜かずに頑張っています。
さて今月のスタッフ紹介は、製造部顧問の弘中吉雄さんについてご紹介いたします  

2007年2月吉日
山口酒造場 代表社員 山口哲生 

<蔵元からの紹介>
 弘中さんは当社の技術顧問の技師で、蔵全体の品質的な全分野を監理しております。弘中さんをよく知る人は「間違いなく超一流の技術者」といいます。
昭和30年からこの業界に入り、清酒だけではなく、アルコールや焼酎、みりんや医薬品など多種多様な分野で製造と品質管理を第一線でやってきた方です。醸造試験所の経験もあります。また、平成9年には、某メーカーがタイに清酒工場を立ち上げる際、一人で現地に乗り込み見事に工場一つを立ち上げ、たった三年でタイ初の清酒工場を軌道に載せたという経験もあります。その知識たるや、どれだけこの人の頭の中に知恵が詰まっているのだろうと毎回感心させられております。弘中さんが定年後、ある方の紹介で当社とご縁が出来、今では当社にとって欠かすことのできない重要な人物になっております。毎週月曜に開かれる「弘中講座」は、若手にとっても大変な刺激になっております。

●弘中 吉雄 0702.jpg
 弘中と申します。定年後ゆっくり人生を過ごそうとおもっておりましたらある方の紹介で山口酒造に出入りさせていだだくことになりました。
 私もいろんな会社、工場をみてまいりましたが、ここの従業員は大変礼儀正しく誠意があり、気持ちが良い方ばかりです。若手が真剣に清酒を造っている姿はいいですね。伝統に裏打ちされた手造りの酒です。そして、もう一つここで感心するのは、大変いいお客さんに恵まれているということです。これは造り手の熱心な気持ちがお客さんに伝わっているのでしょう。遊びにこられるお客さんもたくさんおられます。
 「庭のうぐいす」という名前も斬新な名前です。若社長中心にみんなでがんばってます。これからもどうぞよろしくお願いします。 automatic translations Xiwensothelea